第8話『がん細胞Ⅱ(後編)』
私たちの腸には1000種類以上、約100兆もの腸内細菌が住んでいて、腸内細菌叢と言われていることは第6話でお話ししました。100兆もの細菌が住んでいるのに、細菌たちは私たちの体の中に入ってはこれません。これは腸管の粘膜というバリアとB細胞が作り出すIgA抗体、T細胞やマクロファージなどの免疫細胞が存在しているためです。
腸管の免疫細胞は菌の侵入保防ぐだけではなく、さまざまな疾患のコントロールをしていると考えられています。腸内細菌叢のバランスの崩れはアレルギーや自己免疫疾患、炎症性腸疾患、糖尿病などを引き起こすことが研究でわかってきました。また、腸管細菌叢と免疫細胞の関係が、がんに対する免疫に関係していることもわかってきました。
さらに、一部の細菌はがんを発生させる直接的な原因であることも知られています。胃がんの原因となる「ヘリコバクター ピロリ」や、大腸がんの発生や進行に関与すると言われている「スソバクテリウム ヌクレアタム」が有名です。
免疫細胞と細菌のせめぎ合いは、私たちの体という“宇宙”の平和と秩序をもたらしているのかもしれませんね。
最後に、『はたらく細胞!!』をご覧の皆様。ご視聴ありがとうございました。清水茜先生の『はたらく細胞』シリーズは、難解な免疫学や解剖生理学をわかりやすく伝える素晴らしい作品です。私もこの作品の医療監修にあたり改めて医学を勉強し直し、生命の神秘を再認識しました。
皆様一人一人の「はたらく細胞」達のことを楽しく学んでいただき、病気の怖さ知り、病気に立ち向かう勇気を持っていただければ幸いです。
原田知幸
第7話『がん細胞Ⅱ(前編)』
毎日古い細胞は死滅し、代わりに新しい細胞が生まれてきます。その数には諸説ありますが、細胞全体の約2%と言われています。人間の細胞の数は約37兆個と言われていますので、7000億個以上の計算になります。
元の細胞からコピーされた新しい細胞たちがたくさん生まれるなか、1日約5000個のがん細胞が生まれます。そのほとんどがそのまま死滅してしまったり、免疫細胞の活躍により退治されたりして消滅してしまいます。しかし、がん細胞は生き残ってしまうとやがて分裂をはじめ自分のコピーを作ります。
ここで問題なのは、がん細胞の分裂と増殖は実はそんなに速くはないと言うことです。約1cmの塊、いわゆる「早期がん」と言われる状態にまで育つには10年、長いと30年くらいの年月がかかります。細胞の数にして約1億個です。
確かに1個の細胞が1億個になるのは10年以上の時間がかかるかもしれませんが、そこから先、「進行がん」や「末期がん」と言われる状態のがん細胞数1000億個になるまでにはわずかな時間しかありません。がんが発見できる段階の「早期がん」を見つけ出し「進行がん」になることを阻止できる期間は限られています。そのため、がん検診や人間ドックで早期発見・早期治療が求められているのです。
第6話『悪玉菌』
私たちの腸には1000種類以上、約100兆もの腸内細菌が住んでいます。しかし、消化器内に一様に分布しているわけではなく、小腸の下部から大腸にかけて多く存在しています。
さらに腸内細菌はアニメにも登場したように、善玉菌(ビフィズス菌など)、悪玉菌(ウエルシュ菌、ブドウ球菌、など)、日和見菌(バクテロイデス、大腸菌など)に分類されて共存しており、「腸内細菌叢」またの名を「腸内フローラ」と呼ばれ年齢や体質により様々なバランスで存在しています。
腸内細菌叢は人の栄養代謝、腸管の防御機構、体の免疫機構に密接に関係していて、良い状態に保つことが健康につながります。バランスの良い食事、特に水溶性食物繊維やオリゴ糖の摂取や良質な睡眠により善玉菌が増えますが、暴飲暴食、ストレスや睡眠不足は悪玉菌が増え、さらに日和見菌も悪く振る舞うようになります。
腸内環境を知るためには従来の便の培養検査のほか、腐敗物質インドールを測定する方法や次世代シークエンサーと呼ばれる遺伝子配列を読み取る装置を用いて調べる方法があります。自分の腸内環境を知ることで普段の生活を見直してみるのも健康への一歩ですね。
第5話『サイトカイン』
ストレスとは「生体に影響を及ぼす外的刺激によって引き起こされる生体が示す反応」として、カナダの生理学者・セリエ先生により提唱されました。元々ストレスとは「物体に圧力を加えることで生じるゆがみ」のことで、物理学や工学で用いられた言葉でした。
現在ストレスは心理的、精神的な意味合いで使われ、生体にとって望ましくない状態の原因や結果として認識されています。このストレスは免疫力に関しても関連性があると言われ、その関係が少しずつ明らかになってきています。
免疫は自律神経(交感神経と副交感神経)の支配も受けています。体が活発な状態(交感神経が優位な状態)では白血球(好中球)の比率が上がり、体が穏やかな状態(副交感神経が優位な状態)ではリンパ球の比率が上がります。
持続的な強いストレスは自律神経のバランスが崩れ、「自律神経失調症」や「心身症」「神経症」といった身体的、精神的な症状が現れます。脳がストレスに反応し、神経伝達物質の過剰分泌やステロイドホルモンの分泌促進が起こると、白血球やリンパ球の働きが低下し、結果、免疫力の低下につながると考えられています。
ストレスの回避や解消、規則正しい生活は免疫力向上になります。また、笑うことはNK細胞の活性化にもつながることも分かってきました。笑いのあふれるストレスのない生活を目指したいですね!
第4話『ピロリ菌/抗原変異』
「ヘリコバクター・ピロリ」というのがピロリ菌の正式な名前で、らせん型をした桿菌です。「ヘリコ」はらせんを意味しており、ヘリコプターの「ヘリコ」と同じ語源です。4〜8本の鞭毛が回転して進みます。確かに動きはヘリコプターっぽいですね。
ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を産生していて、胃液の尿素からアンモニアを生成し身にまとっています。アンモニアは強いアルカリ性のため、胃酸の成分である塩酸を中和することよってピロリ菌は胃粘膜に住むことができます。ピロリ菌の感染は慢性萎縮性胃炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、また胃がんなどの悪性腫瘍の危険因子として知られています。
ピロリ菌がいつどこからやってくるのかは分かっていないことが多いのですが、幼少期に飲んだ井戸水などの生水や、ピロリ菌に感染した親からの離乳食の口移し、汚染された食品による経口感染などが考えられています。ピロリ菌感染には2種類の抗生剤と胃酸を強力に抑える薬の併用で除菌する治療が有効です。
第3話『デング熱/ニキビ』
ニキビは尋常性ざ瘡と呼ばれ、思春期以降に発症する顔面や胸、背中の毛包脂腺系を場とする脂質代謝異常(内分泌的因子)角化異常、菌(アクネ菌)の増殖が関与する慢性の炎症です。
一般にニキビは白ニキビ、黒ニキビ、赤ニキビ、黄ニキビに分類されます。
白ニキビと黒ニキビは皮脂が毛穴に詰まってしまっているがアクネ菌の増殖していない状態、赤ニキビ黄ニキビはアクネ菌の増殖した状態といえます。黄ニキビは炎症が強く、アニメにも白血球たちがたくさん集まり戦っていたシーンがありましたね。
赤ニキビ、黄ニキビになる前に治療をすることが跡を残さないための重要ポイントです。
白ニキビ、黒ニキビには角質の改善や皮脂の詰まりを抑制する「アダパレン」という薬が使われるようになり、ニキビの治療は飛躍的に改善しました。また近年、アクネ菌に対して「過酸化ベンゾイル」というお薬を配合した薬も使われるようになり、赤ニキビ黄ニキビへの有効的な治療手段になっています。
跡を残さないためにもニキビをつぶしたりせず、有効なお薬で早めに治療しましょう。
第2話『獲得免疫/パイエル板』
ワクチンには「生ワクチン」「不活化ワクチン」「トキソイド」の3種類があります。
「生ワクチン」は毒性を無くしたウイルスや細菌を接種するもので、たいていは1回の接種でも必要な免疫力がつきます。
(例:風疹、麻疹、水痘、おたふく風邪、BCGなど)
「不活化ワクチン」はウイルスや細菌の感染力を無くしたものを接種するので、1回では十分な免疫力が得られません。そのため、短い期間にもう一度摂取する必要があります。
(例:インフルエンザ、肺炎球菌、百日咳ポリオなど)
「トキソイド」は毒素そのものを失わせた細菌を接種するもので、一定期間に数回の接種が必要です。
(例:破傷風、ジフテリアなど)
一度獲得した免疫は、その病原体に再び会うことでその免疫力を高めると言われています。これをブースター効果(ブースト効果)と呼びます。ワクチンも同じで、同じワクチンを何度か接種することにより免疫力をさらに強くする効果があります。子供は免疫力が弱いため何度も同じワクチンを接種し、このブースター効果を使って免疫力を高めるわけです。
近年、麻疹が再流行しましたが、生活環境における麻疹ウイルスの減少により人々が麻疹に対するブースター効果が得られず、麻疹の免疫力が低下したためとも言われています。
第1話『たんこぶ』
「こぶ」は打撲により腫れた様子を指しますが、特に首より上にできた「こぶ」は「たんこぶ」と呼ばれます。「たんこぶ」の「たん」については「叩く」から来ているとか、ぶつけた時の音から来ているとか古の言葉から来ているなど諸説ありますがよくわかっていないようです。
今回のテーマは頭にできたこぶ「たんこぶ」についてお話ししてゆきます。
頭部は髪の毛が生えている頭皮と皮下組織、頭蓋骨で形成されています。もちろん頭蓋骨中には最も大切な臓器の一つである脳があります。脳を強い衝撃から守るため、先ほど述べた構造になっていると言えます。頭皮の下の皮下組織は血管の流れが豊富です。またその下には大変硬い頭蓋骨があるので、強い衝撃を受けると皮下組織で大出血が起こります。この際、頭蓋骨とは反対側、つまり頭皮側に血が溜まってくるので大きく腫れてきます。また、打撲による炎症反応としてリンパ液や白血球などの細胞が集まってくるため、少し経つとむくみが強くなってきます。たんこぶが時間と共に大きくなってくるのはこのためです。
皮下組織では血小板が活躍して血を止めてくれますが、局所を冷やすことによって引き続きおこる炎症を抑えてくれるので、たんこぶができたらまずは冷やしてください。
「たんこぶができれば脳は大丈夫」とか「たんこぶができれば骨は折れていない」などということを聞くことがありますが、これは間違いです。頭蓋骨骨折や脳に損傷を伴っていることもあるので、頭をぶつけた後に強い頭痛や長く続く頭痛、吐き気を伴う頭痛などがあれば必ず病院を受診してくださいね。